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当時を綴る5

前回の続きです。

大型は難しそうだから極太とか美形の方向で頑張ろうという前回。
しかし、それを覆す出来事が2009年に……

引越しという形で……
まさかのクワ部屋設立です。
北東向き4畳半で、エアコン完備。
「温度」という大型を狙う上で重要な土壌ができました。

そして次は種親。
2010年当時は能勢YGはあまり流通がない上、当時の感覚では衝動買いできる額ではなく
2番手の久留米ならばという具合でした。
そんな折に、「TOP GUN」にて何とメルリン系久留米80mmオーバーペアが
景品に入るという虫クジが……
当然のごとくゲットし、更に77mmペアを購入しました。
※現在の久留米2011年1番のルーツがこの時入手した81mm♂と
77mmペアについた47mm♀。81mmについた51mm♀はペアリングで死亡。

さらにテコ入れとしてマツノさんからセール中に77mmペアを購入。
※久留米2011年2番のルーツ。
マツノさんといえば高い虫に高い菌糸なので縁は無いだろうと
思っていましたが、大型狙いならば知らなきゃモグリというほどの存在感です。


種親だけでなく、飼育環境も大幅改善しました。
2010年は飼育の近代化を掲げ、2011年にまたがり
コストより質を優先・キャパを毎年200頭は飼育できる体制をつくり
何とか昨年、メドが経ちました。

そして現在は、昨年より開始した大型狙いブリードを遂行中。
昨年が大型狙いでは1年目となり、目標は80mmオーバー。
2000年代中盤で既に80mmくらいまでならば狙えば出せれたようなので
まずはその時代の技術に追いつくことが課題です。
そして、2012年ブリードでは種親のポテンシャルはバリバリのものに。
現在の飼育水準でも高レベルと思われる85mmが目標となります。
ノルマは今現在の水準ならば、狙って出せるのが恐らく
83mmくらいだと思うのでその辺かな……

2012年は、6月に80mmオーバーを羽化させ
12月に35gオーバーまで成長させ、欲を言えば
来年につながる刺激をもらえれば、万々歳といったところでしょう。



長くなりましたが、結局、自分のクワガタ飼育歴みたいなものになってしまいました。
今が一番アツいんだろうけど、思い返すと昔は昔で楽しかったこととか
もっと楽しめたなあということが多いです。

あと、昔の大型狙いは発見とか特別な技術が重要というノリでしたが
今はいかに失敗をなくすというのが重要になってますね。
オオクワ飼育は実に洗練された趣味だと実感します。
飼育サイクル、温度管理、菌糸準備といい、良い言い方緊張感があり
悪い言い方では常にヒヤヒヤ。
ペアリングでは上手くかかるかヒヤヒヤ。
割り出しではちゃんと産んでくれて、なおかつ予定数とれてるかヒヤヒヤ。
菌糸準備ではちゃんと手配されてるか、菌糸の状態とかヒヤヒヤ。
温度管理に関してははほぼ年中ヒヤヒヤ。
それに連動して暴れに関してもヒヤヒヤ。
そしてあと数ヶ月で最大のヒヤヒヤである蛹化&羽化。
こんなにもヒヤヒヤだらけですが
全ては大きいのが羽化してくれることを望んで……

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当時を綴る4

前回の続きです。

2008年に高校を卒業し、この進学が当たり前の世の中で社会人となりました。
中3~高1にかけての2004年ブリードでブリード初成功してから
高校時代は毎年ブリードしましたが、この間は特に進歩無く
最高74mm、年によっては70mmが精一杯、アベレージは67~8mmが続きました。
常温で冬はともかく夏が最悪な環境+菌糸は月夜野とか安いのでは
大きくなるものも大きくならない感じです。

特にコスト改善と経験蓄積を目論見、手詰めをしたらカビたのは
当時致命的ミスで学生からしたら大金のブロックを無駄にしたのは大痛手。
結局、以降既製品で安いものを使い続ける他なく保守的な飼育になりました。


そんな中で社会人になった訳ですが、学生時代に比べれば懐が豊かになったことで
ケースをコバシャとかスタックにしたり
飼育用品をまとめ買いして在庫を常に持つようにしたり
菌糸飼育数が倍増したりという具合になりました。
今思えばエアコンもアリだったんですが
「もりのとびら」を購入し積年の課題の夏も対策しました。

虫も当時はオオクワは極太が大型よりも一歩抜きんでており
上阿古谷1番となる種親を購入しブリード。
美形めな上阿古谷2番の種親も購入しました。
やはり、大型は無理という諦め観念から、それだったら形をとるという
スタンスで飼育方針をとることになっていました。


そのような中で、大型狙いへの変貌を遂げる最大の出来事が……
また長くなったので次へ。

当時を綴る3

前回の続きです。

2003年夏に師匠が出来ました。
多くのことを教わり、知識やテクも盗むことになる訳ですが
今思えば素晴らしい貴重な時間でした。
結局、2005年から会わなくなってしまいましたが良い時間でした。

2004年春先に師匠からお勧めのお店「TOP GUN」を教えてもらい
山梨産ペア確か67mm42mmくらいを6000円くらいで購入。
越冬物でしたので、その年にセットを組みました。
そしてやっとのことで幼虫が採れ、菌糸に入れて翌2005年に
65~69mmで羽化してブリード初成功。

師匠との出会いで一皮むけて、それ以降は産卵で苦労することは減りました。
温度管理が出来ないうえ、強烈な西日をカーテンで凌ぐも30℃を余裕で超える
当時の自室での飼育は、大型は諦めざるを得ないですが
それでもブリードは楽しめました。
学生なので年に20~30頭を菌糸飼育するので精一杯でしたが
25g程度の♂で喜び、70mmの羽化で舞い上がりました。

また、同級生のクワ友もいて、ネットも活気があり良い時代でした。
当時はビッダーズで楽々1円落札とか奈良オオでインドネシアやフィリピンの安い虫とかを
飼育したりしてもいました(ミンパリがメチャ安で買えばよかったよなあ。
ムシキングブームに支えられた2000年代中盤は
新入荷の虫を除けばホントに値段がこなれ、大量に入ってくるアトラスとかオオヒラタに
手を出すのは当時を経験したクワカブ好きなら誰もが通ってきた道。

まあ、そんな時間も長くは続かず2000年代終盤には徐々に失速。
自分もクワ友が脱落してしまい、高校に進学して環境が変わると
飼育数は維持するも目立った進歩をせずにダラダラブリード。
よく辞めなかったなあと今更ながらに思います。

世間のクワガタブームの失速にもめげず、何とか社会人となり
クワガタ熱が再発するのはまた、次へ。


当時を綴る2

前回の続きです。

2002年の6月に、陸上部の友人から「競技場に行くまでの道中にクワガタ屋ある」と
いうのが今に至るクワガタ漬けのきっかけでした。

早速、友人と2人で自転車で行ってみたお店はの屋号は「リトル・ファーブル」。
まさか、当時は10年後もお世話になることを知る由もない訳ですが
緊張とワクワクが入り混じる中、入店。
虫自体にあんまり興味の無い友人をよそに小1時間、物色。
その果てに千葉産オオクワペア♂64mm♀41mmを5000~6000円程度で購入。

最大の失敗に気づくこと無くホクホクと友人と談笑しながら帰路を歩むのであった。


帰宅すると早速、飼育の準備。
ネットを知っていたので、オオクワの飼育方法を見ながらの飼育開始。
産卵セットを組む訳ですが、これが傑作。
購入したオオクワは春先羽化の新成虫。
決めつけは好きではないですが、産まないに決まってる。
結局、翌年まで持ち越しになる訳ですが、めげずに
今度は同産地で(恐らく兄弟)♂70mm♀45mmのペアを9000円程度で購入。
ネットで70mmに憧れを抱いていたのでこれまた衝動買い。

そして年が明けて2003年。
♂と♀を一緒に中ケースで組んだ産卵セットに入れる訳ですが
全然産まずに2003年ブリード終了(笑)
実際、当時は全然笑えないのですが、産まなかった理由は産卵木。
当時から既に「オオクワは産卵木堅め」と言われていたのですが何を思ったか
今では信じられないくらい堅い材をチョイスしてのセットを組みました。

その失敗に気づくのは、これまた秋とか冬口。
師匠との出会いがきっかけとなります。

長くなったので続きは次へ。

当時を綴る

今年の6月で継続的にクワガタ飼育をする事になって10年。
今年の3月で22歳になるので、中学の夏頃から始めたということになります。
よくまあ、ここまで来てしまったなあという思いで今回は当時のことを綴ってみます。


まずは、オオクワとの出会い。
実はオオクワとの出会いは2002年より少し前で1999年。
ブーム真っ盛りで大歯型になると洩れなく万の時代。
そんな時代にオオクワ40mm台ペアを4000円程度で購入したことがきっかけ。

親父の興味本位で当時バカ高いというオオクワをお店に冷やかしに行ってみたのが
運のツキでした。
図鑑でみるオオクワは大抵、大歯型で掲載されますが
40mm程度では小歯型で似ても似つかぬ姿をしています。
しかし、ノコギリやミヤマの長歯型から短歯型までの変化のプレートを掲載した
図鑑があった為に「クワガタはサイズによって顎の型が変化する」という知識があった為
あっさり衝動買したのだと思います。

当時は小4でお年玉を使って購入したのだと思いますが
初めて見たオオクワが欲しい!というだけだったような感じですね。


入手はしたものの、その時はネットも知らず飼育方法もカブトムシに毛が生えた程度で
ホームセンターにあった朽木を1本、マットを敷いた中ケースに加水もせずに
そのまま転がしただけのセット?で飼育し、普通に買った年の秋に♂♀両方死にました。
今思えば、当時のホームセンターに既に袋入り朽木があったというのが
感慨深いものがあります。
まあ、クワガタは年を越せるらしい程度の知識だったので
当時は繁殖なんて夢のまた夢の頃でした。


結局、それ以降はヒラタの♂等は採集して飼育したりしてましたが
オオクワに関しては2002年まで空き期間となります。

結構、長くなってしまったので続きは次で。


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プロフィール

庚午 虫蔵

Author:庚午 虫蔵
久留米専。
自称
「最後のクワガタ狂世代」
の足掻きです。

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